日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

HOME > TOP > 資料集 > 絵で読む日蓮聖人のご生涯 > 佐渡塚原三昧堂
目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

御遺文  〔佐渡塚原三昧堂〕

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種種御振舞御書 970 天より明星の如くなる大星下りて、前の梅の木の枝にかかりてありしかば、ものゝふども皆椽より飛びおり、あるいは大庭にひれ伏し、あるいは家のうしろへ逃げぬ。(中略)同く十月十日に依智を立って、同十月二十八日に佐渡の国へ著ぬ。十一月一日に、六郎左衛門が家の後ろみの家より、塚原と申す山野の中に洛陽の蓮台野のように、死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし。上は板間あわず四壁はあばらに、雪ふりつもりて消ゆることなし。かゝる所に所持し奉る釈迦仏を立まいらせ、しきがわ打ちしき、蓑うちきて夜をあかし日をくらす。夜は雪・雹・雷電ひまなし。昼は日の光もささせ給わず、心細かるべき住まいなり。
寺泊御書 512 今月十月なり、十日相州愛京郡依智の郷を起って武蔵国、久目河の宿に付き、十二日を経て越後の国、寺泊の津に付きぬ。これより大海を亘りて佐渡の国に至らんと欲す。順風定まらず、其の期を知らず。
開目抄 590 日蓮といいし者は、去年九月十二日、子丑の時に頸はねられぬ。これは魂魄佐土の国にいたりて、返る年の二月、雪中にしるして、有縁の弟子へおくれば、おそろしくておそろしからず。みん人いかにおぢずらん。これは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来、日本国当世をうつし給う明鏡なり。かたみともみるべし。
千日尼御前御返事 1545 地頭・地頭等、念仏者・念仏者等、日蓮が庵室に昼夜に立ちそいて、通う人あるを惑わさんとせめしに、阿仏房にひつをしおわせ、夜中に度々御わたりありし事、いつの世にかわすらん。只悲母の佐渡の国に生まれかわりて有るか。
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