日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

佐渡塚原三昧堂


佐渡ケ島で流罪生活

 首が斬れない以上は、予定通り島流しにするしかないと、ひとまず佐渡守護代・本間重連(ほんましげつら)の館(やかた)のある、厚木(依智)<えち>へ護送されました。
 そしてここでも、天から大きな光り物が降りてきて、庭の梅の木に掛かるという、不思議な現象が起きました。
 しかし、佐渡流罪という幕府の考えは変わらず、龍の口からひと月後、厚木を発って新潟県寺泊(てらどまり)を経て、佐渡へ着かれたのは十八日目のことでした。
 佐渡での住まいは、本間重連の佐渡館の裏山、塚原という墓場の中の三昧堂で、寒風吹きすさぶあばら屋でした。
 冬のある日、お坊さんや念仏の信者たちが、聖人に問答を迫りましたが、ことごとく論破され、中でも八十歳を越えた阿仏房(あぶつぼう)は、特に熱心な信者となり、妻の千日尼(せんにちあま)とともに毎日食事を運びました。

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