日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

伊豆法難


伊豆の伊東へ到着

 日蓮聖人を乗せた船は、相模灘を横断し、伊東の近くの小さな「まないた岩」に降ろして、帰っていきました。
 海で育った聖人ですから、岸まで泳ぐことは簡単なことだったでしょうが、しばし波に身を任せ法華経を読み始められたとき、小舟が近づいて聖人を助けあげました。
 小舟の主は、船守弥三郎(ふなもりやさぶろう)という漁師で、網置き場の岩屋にかくまって、奥さんとともに食事を運び続けました。
 そんなある日、地頭の伊東氏が病気になり、聖人を探し求めて、ご祈祷を依頼しにやってきました。
 罪人の身である聖人に祈願を頼むくらいですから、相当重い病気だったのでしょうが、快復したお礼にと、海の中から出現した仏像を差し出しました。
 この仏像は随身仏として、いつも日蓮聖人のそばにまつられることとなりました。

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