日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

御遺文  〔松葉が谷法難〕

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本尊問答抄 1582 仏法の邪正乱れしかば、王法も漸く尽きぬ。結句は此国、他国にやぶられて、亡国となるべきなり。この事、日蓮独り勘え知れるゆえに、仏法のため、王法のため、諸経の要文を集めて、一巻の書を造る。よって、故最明寺入道殿に奉つる。立正安国論と名づけき。その書にくわしく申したれども愚人は知り難し。
立正安国論 209 旅客来りて嘆きて曰く、近年より近日に至るまで天変・地夭・飢饉・疫癘、遍く天下に満ち広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり。死を招くの輩、すでに大半に超え、これを悲しまざるの族、あえて一人も無し。(中略)これ何なる禍により、これ何なる誤りに由るや。主人の曰く、独りこの事を愁えて胸臆に憤ぴす。客来たりて共に嘆く。しばしば談話を致さん。
220 客則ち和らぎて曰く、(中略)天下泰平国土安穏は君臣の楽うところ土民の思う所なり。夫れ国は法に依りて昌え、法は人に因りて貴し。国亡び人滅せば仏を誰か崇むべき、法を誰か信ずべきや。先ず国家を祈りて須らく仏法を立つべし。もし災いを消し難を止むるの術あらば聞かんと欲す。主人の曰く、余はこれ頑愚にして敢えて賢を存せず、ただ経文に就きて聊か所存を述べん。そもそも治術の旨、内外の間にその文幾多ぞや。つぶさに挙ぐべきこと難し。但し仏道に入りてしばしば愚案を廻らすに、謗法の人を禁じて正道の侶を重んぜば、国中安穏にして天下泰平ならん。
破良観等御書 1286 きりもの(権臣)ども寄り合いて、まちうど(町人)等をかたらいて、数萬人の者をもんて、夜中におしよせ、失わんと、せしほどに、十羅刹の御計らい、にてやありけん、日蓮その難を脱れしかば、
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