日蓮宗 教化センター
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  絵で読む日蓮聖人のご生涯  

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目次  誕生  千葉小湊にご誕生  出家得度  清澄寺でお坊さんになる  比叡山遊学  比叡山横川定光院で修行  立教開宗  清澄山旭が森での決意  初転法輪  清澄寺で初めてのお説教  鎌倉辻説法  鎌倉でのご布教  松葉が谷法難  鎌倉松葉が谷のご法難  伊豆流罪  伊豆へ島流しとなる  伊豆法難  伊豆の伊東へ到着  小松原法難  千葉小松原のご法難  祈雨  鎌倉で雨乞い競う  召し取り  鎌倉で再び逮捕される  龍口法難  片瀬龍の口で斬首刑  佐渡塚原三昧堂  佐渡ケ島で流罪生活  大曼荼羅始顕  佐渡でお曼荼羅を書く  佐渡赦免状到着  佐渡に赦免状が届く  鎌倉幕府との対面  鎌倉幕府へ最後の警告  身延奥の院  山梨県の身延山に住む  身延離山  故郷をめざして出発  御入滅  東京池上でご入滅  ←前 次→

御遺文  〔比叡山遊学〕

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妙法比丘尼御返事 1553 随分にはしりまわり、十二・十六の年より、三十二に至るまで、二十余年が間、鎌倉・京・叡山・恩城寺・高野・天王寺等の国国・寺寺、あらあら習い回り候いし程に、
報恩抄 1193 父母・師匠等に随わずして仏法をうかがいし程に、一代聖教をさとるべき明鏡十あり、いわゆる倶舎・成実・律宗・法相・三論・真言・華厳・浄土・禅宗・天台法華宗なり。この十宗を明師として、一切経の心をしるべし。世間の学者等おもえり、この十の鏡は、みな正直に仏道の道を照せりと。(略)我等凡夫は、いづれの師々なりとも、信ずるならば不足あるべからず。仰ぎてこそ信ずべけれども、日蓮が愚案はれがたし。世間をみるに、おのおの我も我もといえども、国主はただ一人なり。二人となれば、国土をだやかならず、家に二の主あれば、その家必ずやぶる。一切経も又かくのごくや有るらん。何れの経にてもおわせ、一経こそ一切経の大王にておわすらめ。しかるに、十宗七宗まで、おのおの諍論して随わず。国に七人十人の大王ありて、万民おだやかならじ。いかんがせんと、疑うところに、一の願を立つ。我れ八宗十宗に随わじ。天台大師の専ら経文を師として、一代の勝劣をかんがえしがごとく、一切経を開きみるに、涅槃経と申す経に云く、「法に依って人に依らざれ」等云云。依法と申すは一切経、不依人と申すは、仏を除き奉つりて、外の普賢菩薩・文殊師利菩薩ないし上にあぐるところの諸の人師なり。この経に又云く「了義経に依って不了義経に依らざれ」等云云。この経に指すところ、了義経と申すは法華経、不了義経と申すは華厳経・大日経・涅槃経等の、已・今・当の一切経なり、されば仏の遺言を信ずるならば、専ら法華経を明鏡として、一切経の心をば、しるべきか。
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